現在主流の「疾患モデル」を知る
現在の疾患モデルによるとギャンブル依存症とは、「自分もしくはまわりの人に悪い結果をもたらすことを知りながら、ギャンブルがしたいという内的衝動をコントロールできないために生じる」と定義されています。病態の中核となっているのは、ギャンブルがしたいという渇望を自ら抑える制御力の弱体化です。
ギャンブルの習慣があっても、そこで得られる報酬に満足しており、ギャンブルに対する渇望がコントロールできている人は問題なくギャンブルを楽しんでいます。これを「ソーシャルギャンブリング(社交的賭博)」と呼びます。
ギャンブルをする人の大半はこのソーシャルギャンブリングですが、ギャンブルに対する親和性が強く、自分を抑える制御力を超える渇望が生まれると「調節障害」を生じます。これがギャンブル依存症です。
疾患モデルの背景にあるのは、通常の脳がギャンブルをしたがる脳、つまり「ギャンブル脳」に変化するという仮説です。
この仮説に従うと、脳内では次のような変化が起こっていると推察されます。
パチンコで大当たりがでる、競馬で大穴を当てる、カジノのルーレットで大金を手にするといったギャンブルに伴う強い刺激を受けると、中脳の「腹側被蓋野(ふくそくひがいや)」という所にある神経細胞が興奮し、その末端から神経刺激物質である「ドーパミン」分泌されます。
ドーパミンは脳内で快感や報酬に関わる「側坐核(そくざかく)」、条件付けに関わる「扁桃体(へんとうたい)といった部分を刺激します。ギャンブル刺激が続くとこのルートが強化されるようになり、「またあの刺激が欲しい!」というギャンブル脳に変化してしまい、のめり込みが制御不能な状態に陥るというのです。
疾患モデルに従うと、ギャンブル依存症の治療では、渇望感の現況となるギャンブルを徹底的に断つしかなくなります。
ギャンブルを断つには、心理的、生物学的、実存的と3つのアプローチが有効だと云われています。順番に説明しましょう。
心理的アプローチ
心理的アプローチでは、「認知行動療法プログラム」が最も効果的とされています。認知とは「物事の捉え方」で、その偏りや歪みを修正するプログラムとなります。
ギャンブル依存症における特徴的な物事の捉え方の歪みには、「当選確率」と[運」の過大視という2つの側面があります。
ルーレットで黒が3,4回続くと「次は赤だろう」と思いがちですが、黒か赤の2つしか選択肢がない場合は、どちらの確率も1/2の50%です。それなのに、黒が続くと赤が出る確率が高くなるから、そこに賭ければ一儲けできる」と思い込むのが当選確率の過大視です。
さらに、手相を見て、所謂ギャンブル線や財産線をみつけたりすると「他の人より自分は運が良いはずだから、いつか絶対に大儲けできるはずだ」と思い込んでギャンブルにのめり込むのが運の過大視です。
中には、ボールペンで財産線を手のひらに描き、たまたま大当たりしたことから「財産線のご利益は本物」と思い込み、財産線を描き続けて負け続ける人もいます。
アメリカ精神医学会の診断基準にあるように「賭博の損失を賭博で取り戻そうとする」行為も、物事の捉え方の歪みの表れといえます。短期的には勝てる可能性もありますが、プロのギャンブラー以外は、長い目で見ると賭け事で収支がプラスに傾くことはあり得ません。そうでなければギャンブルというビジネスモデルは成り立たないからです。
生物学的アプローチ
生物学的アプローチの中心となるのが薬物療法です。ギャンブル脳の興奮を抑えようというものとなります。
薬物療法には抗うつ剤としても用いられる「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)」、気分を安定させる「リチウム」、抗てんかん薬の「トピラマート」などが用いられることがあります。しかし、現時点では断ギャンブルを維持できた人の割合が偽薬を用いるプラセボ群と比較して有意に高い薬物は存在しません。
つまりギャンブル依存症の特効薬はないということです。
実存的アプローチ
実存的アプローチとは、ギャンブルを必要としない生き方への転換を促すものです。これは論理的・道徳的な圧力をギャンブル依存症者に課することになり、根本的な価値観の転換が求められるため、強い心の痛みを伴います。医療で最優先すべきなのは苦痛の除去ですから、実存的アプローチはその戦略に反する部分があると言わざるを得ないでしょう。
ざっと見るだけでも疾患モデルを根拠とした断ギャンブルに向けた介入は、必ずしも成功していないことが分かります。そもそも疾患モデルでは依存症患者は脳がギャンブル脳に変化してしまい、ギャンブルをしたいという欲求が抑えられないと定義しているからです。脳に効く特効薬がない現状ではその人に断ギャンブルを強いるのは矛盾しているのです。