セルフケア
こちらで紹介するセルフケアは、ギャンブル依存症にならない為の「予防的ケア」、もしくは他のアプローチと併用した行う「補助的ケア」として考えてください。なぜなら、既にギャンブル依存の状態である人には、セルフケア、すなわち個人の工夫や意思の力だけで克服できる可能性はゼロに等しいものだからです。
レッテル効果
「レッテル」と聞くと、先入観で物事を決めつけるというような、どちらかというとあまりよくないイメージを持たれるかもしれません。それは間違いではないのですが、レッテル効果は上手に活用すれば望ましい行動を促進させることもできるものなのです。たとえば、コンビニや飲食店のトイレによくある「いつもキレイに使っていただきありがとうございます」という張り紙。あれも実はレッテル効果の応用なのです。まだ使ってもいないのにキレイに使うと決めつけてお礼を言われると変な気分になりますが、不思議なことに人はレッテルを貼られると、それに見合うような行動を取るといわれています。つまり、トイレの張り紙は、レッテル効果を利用して使用者の美化意識を高める狙いがあったのです。
では、レッテル効果を利用してギャンブルの抑止力を高めるにはどのようにすればよいのでしょうか。やり方は実に簡単です。あなたのよく接する人たち、できれば家族よりも学校や会社などの社会的コミュニティのメンバーに向けて、脱ギャンブル宣言をするのです。ポイントは嘘でもいいので、ギャンブルが自分にとって良くない理由をいくつか考えておき、それと合わせて周囲に公言するのです。例えば、「一時的に勝つことはできても、勝ち続けることが不可能だと気付いたのでやめた。」だとか、「今までギャンブルで失ったお金を計算したらいかに時間とお金を無駄にしていたのかが分かった。」など、こうすることで、あなた=ギャンブル嫌いといった「レッテル」を周囲から貼ってもらうのです。このことで、自ずと言葉通りの思考や行動をしやすくなるのです。そして、自分から公言した手前、ギャンブルに行くと、「言っていることとやっていることが違う」という矛盾が生じ、その居心地の悪さがまた抑止力となるのです。
スモールステップ
スモールステップとは、目的達成のための技法で、ギャンブルの脱却にも応用できると考えられています。文字通り、大きな目標を小さなステップに分けて一つ一つ達成していくという手法です。
ギャンブルにハマってしまう人は「オール・オア・ナッシング思考」が強いといわれています。これは「100か0の思考」ともいわれ、簡単にいうと極端なものの考え方をすることをいいます。その為、彼らは「脱ギャンブル」という目標を立てると、その時は満ち溢れるやる気を見せるのですが、少しでも失敗すると「もう駄目だ」と意気消沈してやる気をなくしてしまい、過去のやる気が嘘だったかのようにギャンブルに興じるようになるのです。
そこで大切なのが、「高すぎる目標を最初から達成しようとしない」ということです。(※既に依存症の方には適用されません。スモールステップは予防の段階で効果が発揮する方法です。)目標が「ギャンブルをやめる」のであれば、そこに至るまでの道程を細分化してあげるのです。例えば、STEP1ではギャンブルは月に4回まで、STEP2ではギャンブルは月に2回まで、と、このように頻度を減らしていくステップや、月に使用できる限度額を設定してその金額を少しずつ下げていく方法などもよいでしょう。その際、どのような内容でも、つまずいたら一つ前のステップに戻る(できている場所にとどまる)ことが重要です。
固定比率スケジュール
前述のスモールステップを含め、脱ギャンブルの過程では、目標1つを達成するごとに自分に小さなご褒美をあげましょう。ただし、ギャンブルに関係ないご褒美でなくてはいけません。
ギャンブルは、費やしたお金に関係なく当たり(報酬)が得られるものです。報酬により、人の行動は強化される(頻繁に同じことを繰り返すようになる)のですが、ギャンブルのようなランダムな報酬による強化を、心理学では「変動比率スケジュール」といいます。これに対して、ある目標(ステップ)を達成したら必ず報酬が貰えるという強化の方法を「固定比率スケジュール」といいます。ギャンブル行動の形成においては、変動強化スケジュールが核となっていることが多いので、スモールステップ(目標設定)と固定比率スケジュールを組み合わせて、自分自身の力で達成できる目標に取り組み、達成したら必ず報酬が得られる体験を繰り返すことが重要になってきます。そうすることで、自分の力ではどうにもならないギャンブルへの価値観が薄れ、努力と報酬が結びつく行動(たとえばノルマのある仕事×ボーナス)への意欲が湧きやすくなることが期待されます。
認知的不協和理論
人は、矛盾する2つの認知(考え方や知識、態度、状況などの総称)をすると、気持ちが悪い不快感を抱きます。これが、認知的不協和と呼ばれる状態です。認知的不協和を解消するために、人は2つの認知のうち変えやすい方の1つを変えるといわれています。
「すっぱい葡萄」というイソップ寓話をご存知でしょうか?このお話に登場するキツネは、たわわに実ったおいしそうな葡萄を見つけ、食べようとして跳び上がるが、葡萄はみな高い所にあり、届かない。何度跳んでも届かず食べることができない。そこでキツネは、「どうせこんな葡萄は、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と捨て台詞を残して去るのです。葡萄が美味しそうで食べたいのだが、食べられないという不協和が生じた場面で、「美味しそうな葡萄」という認識を「すっぱくてまずいであろう葡萄」に変えることにより、一方の認識を変えて不協和を解消したというお話です。
ギャンブラーがギャンブルの悪影響から目をそらし、受け入れないようにするのも、この認知的不協和を回避するためです。では、ギャンブルのデメリットを強調する情報を毎日取り入れたらどうなるでしょう?認知Aを「ギャンブルは楽しいのでギャンブルがしたい」認知Bを「ギャンブルをやめた方がいい根拠」とします。認知Aと認知Bは相反するものなので、認知Bにあたる情報を取り入れれば取り入れる程、認知的不協和は大きくなります。認知的不協和によって生じた不快感や居心地の悪さを払拭するためには、AかBのどちらかの認知を変えなくてはなりません。しかし、認知Bは事実なので、いくら否定しようとしてもデメリットが頭をかすめて心の底からギャンブルを楽しめなくなっていきます。その結果、罪悪感や不快感を抱えたままギャンブルをする不協和に耐えられなくなり認知Aを変える、すなわち脱ギャンブルという選択に繋がるのです。